東京国立博物館所蔵 天王立像 模刻制作

 文化財保存学専攻 保存修復(彫刻)鈴木篤

研究目的

東京国立博物館所蔵天王立像を対象に、3Dデジタルデータ活用による正確な実寸大の現状模刻制作を行うことにより、一木造りにおける造形技法の探求を第一の目的とした。また、本像の亡失箇所の一部分である前楯下部を想定復元することも試みた。

本像について

 制作年代は平安時代中頃(10世紀末〜11世紀)と推定される天部形の像である。両腕部が矧ぎ目から亡失しているために特定はできないが、四天王のうちの一体と考えられる。

現状では像の表層や足回りを中心に朽損および後世の補修跡(図1)が見られるが、本像全体としては、一本の木材という制約を感じさせない伸びやかな動きが見事に表現されている。

【構造】 カツラ材の一木造り。髻頂から地付き部分および足ホゾ(当初は邪鬼か)まで、およそ縦1材から彫出する。木芯は像のほぼ中央に込め、体部背面と腰部背面下方から内刳りし、それぞれ別材で蓋板を当てる。現状では、後補と思われる六角二段の框座に立つ。

【法量】 像高162.4cm   最大幅50.8cm    像奥35.7cm

研究活動概要

【東京国立博物館内における3Dレーザースキャニング計測および現状調査】

2007年2月28日、本学保存修復彫刻研究室による調査において得られた3Dデジタルデータから、誤差0.5mm以内というきわめて正確な実寸大の図面を作製することができた。

【本研究で使用した材料(カツラ材)について】

本像の法量から推算すると、構造を再現するにはカツラ材の大径木が必要となり、一般の材木店を通しての入手方法では困難であった。そこで今回、東京大学大学院農学生命科学研究科森林利用学研究室の酒井秀夫先生および同大学北海道演習林の技術主任・犬飼浩先生の多大なご協力を得て、カツラ材を立ち木の状態(図2)から選定し、貴重な大径木(図3)を入手することができた。

【模刻制作工程】

①    粗彫り:木芯がオリジナルとほぼ同じ位置になるように製材したカツラ材に、3Dデジタルデータから得られた実寸大図面を前後両側面に貼付し、輪郭線を基準として粗彫りを行った。(図4)

②    内刳り:粗彫り後、本像背面部の様々な写真資料を参考に、オリジナルと同様に方形の穴を2箇所開けて内刳りを行った。(図5)

③    中彫りから小造り:3Dデジタルデータによって数値化された本像の各部位(髪際、顎、胸飾、獅噛など)の高さ・幅・奥行きの位置を決定し、彫り進めた。その際に石膏半身像や写真資料、PCモニターよる立体画像で様々な角度から観察検証し、一木造りの量塊性をつかもうと試みた。またこの段階から幅が狭い(1cm以下)刃物の使用頻度が多くなった。さらに直線状の刃物では刃先が届かない足まわりの谷間(脚部と裳の間など)には、刃先の曲がった曲がり鑿などを用いて彫り込んだ。(図6)

④    小造りから仕上げ(素地)・台座作製:彫刻刀などを用いて各部位の形をより明確にし、素地の完成を目指した。その際に今回の現状模刻という研究目的をふまえ、オリジナルでは欠失や磨耗している箇所を、一度復元した後、磨耗させることで現状の様相を表現した。また矧ぎ目と思われる箇所から亡失している前楯下部(図7)は、本像と近い年代に制作されたと見られる天部像(奈良県・法隆寺所蔵四天王像[大講堂]、滋賀県・善水寺所蔵四天王像、滋賀県・延暦寺所蔵四天王像[二躯現存のもの])などを参考に、周囲の造形と違和感のないよう想定復元を試みた。後補の台座は、本像の現状にならい作製した。

⑤    古色付け:写真資料などを用いて本像の経年した様を観察し、全体感をそこなわないよう古色付けし、完成とした。

まとめ

 本像は一木造りという単純な構造ではあるが、その反面、彫刻的技法としては高い技量を要求されるものであるということが、今回の模刻制作を通して痛感したことである。また、本像に用いたと思われる木材が巨大で重量も相当なものであることや、寄木造りのように分業による集団作業が困難であることから、当時の制作者には多大な労力と時間が必要と考えられる。

模刻像の制作過程では、立ち木の状態から伐採・製材したばかりのカツラの大木を用いたため、時間の経過とともに模刻像の表面に多数の干割れが生じた。しかし内刳りを施した後は、オリジナル(図8)と同様に模刻像(図9)の背面中央部にもほぼ同じ位置に最大幅の干割れが現れ、以降その他の干割れは進行していない。このことは、本像も模刻像と同様に生木に近い状態から彫られた可能性が考えられ、さらには背面中央部の内刳りによって半ば人工的に背面に干割れを起こさせ、正面に大きな干割れが起きるのを防いでいるのではないかと思われる。また、同じ一木造りの構造を持つ仏像(奈良県・唐招提寺所蔵如来立像[材:カヤ]、奈良県・新薬師寺所蔵地蔵菩薩立像[材:サクラに似た広葉樹]など)の背面部にも、類似した干割れがある。いずれも用材の樹種は異なるが、木芯をこめた一木造りで背面から内刳りを行い、蓋板をする構造は共通する。

以上の事例から、この干割れは材質の個別的な差異によるものではなく、今回制作した模刻像と同様に未乾燥状態の芯を含んだ材を用いて背刳りを行い、急速に背面背刳り部から乾燥した結果、現れた可能性があるのではないかと推察される。

このような先人たちの遺した一木造りにおける技法を、同樹種の原木から造像を再現し追体験できたことは、今後の制作及び研究にとって大変貴重な経験となった。そして一本の木から仏像を彫り出すという緊迫感は、造形的な困難さをこえて、祈るような心持にさせるものであった。これらの経験をもとに、今後とも一木造りにおける技法研究をさらに深めていきたい。

謝辞

本研究に際して木材提供にご協力下さった東京大学大学院教授・酒井秀夫先生、同大学北海道演習林技術主任・犬飼浩先生、また本像の資料提供をして下さった独立行政法人東京国立博物館様、財団法人美術院所長・藤本靑一先生、本学准教授・松田誠一郎先生、岡村印刷工業株式会社・山田修様をはじめ、そのほか各方面からご協力頂いた方々に、心より御礼申し上げます。

参考文献 

「重要文化財4彫刻Ⅳ」毎日新聞社 1974

「平成17年度東京国立博物館文化財修理報告Ⅶ」 東京国立博物館 2007

「奈良六大寺大観 第二巻 法隆寺 二」 岩波書店 1979

(図1)実線内が後補部位
[斜線部は朽損の著しい箇所]

(図2)カツラ材[立木]
(図3)カツラ材[伐採後]
(図4)粗彫り
(図5)内刳り
(図6)中彫り
 (図7)本像前楯亡失部[実線内]
(図8)本像背面上部干割れ
(図9)模刻像背面上部干割れ