藤原期阿弥陀如来坐像の寄木造および定朝様式の研究制作
文化財保存学専攻 保存修復(彫刻) 渡辺 友紀子

 大陸より仏教が日本へ伝播された六世紀以降、大陸文化を豊かに反映した仏像が次々と伝えられてきた。十一世紀に入り国内では貴族社会が成熟し国風文化が栄えるなか、大仏師定朝が登場したことにより一気に和様彫刻が花開いた。その後百有余年にわたり定朝仏が規範となり、彼の様式に倣った仏像がつくり続けられてきた。また、定朝は公家貴族の需要に応えて数多くの巨像を制作するために合理的且つ経済的な大量生産を可能にした寄木造の技法を完成させ、その後の木寄せの発展に大きく寄与している。そこで今回の研究では (1)藤原期の寄木造の構造・技法の理解、(2)定朝様式について実技を通しての理解、(3)木彫技法・作業工程の理解と体得、これら三点を目的として仏身三尺の阿弥陀如来坐像を制作することとした。今回、仏身三尺坐像としたのは、本来仏像を作るときはその仏丈量一丈六尺を基本として縮尺丈量が決まっているという点に留意したことに加え、複数体で完成までの作業工程を示すにふさわしい大きさと考え、この寸法とした。

1.藤原期の寄木造について
 広義に、寄木造とは一木造の対語として称される技法で複数の材を組んだ構造をさす。これには中宮寺半跏思惟像などのように構造上木の組み方に一定の法則がみられない例も含まれる。狭義の寄木造とは、定朝が完成させた、頭体幹部を等分割した複数材の木寄せと深い内刳りを条件とした構造をさす。そもそも複数の材を寄せる行為は、巨像をつくる際に生じる材の大きさの制限に起因する処置であると考えられるが、この技法により分業が容易となり作業の効率が上がり、また、巨木よりも複数の材を組んで造仏した方が安価に抑えることが可能となった。更に、丈六仏のような巨像の制作に盛んに用いられる寄木造では、肉を薄くするように深い内刳りが為されている。これにより内刳り本来の干割防止という目的以外に像の軽量化が図られ、運搬移動が容易になった。今回の研究は狭義の寄木造の構造の理解をその目的とする。

2.定朝様式について
 定朝様式とは、狭義には定朝晩年の様式を本様としてこれに倣い、極めて作風が本様に近い中央作家の様式をさす。広義の定朝様式には、定朝仏以降の造像で広く中央の流れを汲んだ様式から更に類型化が進み、その崩壊過程までのものを含み、その模倣の精度の網羅範囲は広い。本研究では、定朝仏を理想として造仏しようとした当時の仏師と同じ思いをもって定朝様の表現を探り求めるべく制作を進めた。

3.作業工程について
 作業は、図面作成、木寄せ、荒取り、粗彫り、小造り、仕上げ彫りの順に行った。今回の研究では、各作業工程を示すため、木寄せの角材の状態から木地完成状態のものまでの数体を制作することにした。
 a.図面作成:製図の段階で像全体の構想を練って完成のイメージを把握する。製図は材の寸法を決定する準備段階でもある。輪郭は像の前後左右の最も高い位置を意味する。立体を数値で平面へ投影した図面は一視点からの立体デッサンではない為、当然ながら図面上の輪郭線は肉眼で捉えた時の印象とやや異なるが、制作上は図面が絶対的な基準となることが経験できた。寸法は昭和47年に計測された平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像の写真測量を参考にした。
 b.木寄せ:現存する定朝仏である平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像は丈六仏の巨像であるため、頭体幹部は四材の他に各所に細かい材を矧いでいる。また、一つの堂内に納められている一群の仏像でもその寄せ方は様々で、例としては即成院阿弥陀迎接像群や浄瑠璃寺九躰阿弥陀坐像があげられる。当該研究目的は同像の縮尺模刻そのものではなく、藤原期の寄木造の構造および技法の理解にある。従って仏身三尺坐像の場合、実物どおり細かい木組みを行うより、むしろ基本となる前後左右四材正中矧ぎとし、膝前を横一材とする方が自然と考える。以上の点をふまえ、本像の主要な構造は頭体幹部四材、膝前一材、左側面部一材、右腕一材、右腰部一材、裳裾一材とした。
 c.荒取り:材に図面を転写した。このとき材の矧ぎ面に図面を転写しておけば、量を落とす作業中に輪郭線が鑿で消えることがない。常に最大の高さを矧ぎ面で確実に確認できるので、輪郭線に沿って迷いなく作業を進められるところに寄木造の効率の良さを実感した。一木造の場合、正面および側面の図を材に描き起こしても、例えば、正面輪郭図に沿って鑿ではつり落とせば側面図は自然と消えてしまうため、鑿を運ぶたびに基準線を常に印しなおさなければならない。寄木造はその手間を一気に克服している。
 d.荒彫り:前後左右の稜線を正確に刻み落とし、各部材のおおよその形を彫り出す。最初に一体目を小造りまで彫り進めると二体目からは荒彫り作業が比較的早く進めることができた。このことから、おそらく定朝の工房では優れた仏師達は全体像の現実的イメージを明確にもって小造りの段階まで分業を行うことができたのであろう。
 e.小造り:定朝様とよばれる阿弥陀坐像の体躯各部の比率を算出した資料をもとに平等院本尊を比較してみると、比率上近似する坐像でも像様がかなり異なるものがある。従って小造りの段階では、全体のシルエットや造形を意識しながら彫り進めることにした。この段階で大きく内刳りを施して材の仮付を行う。
 f.仕上げ彫り:定朝様は、「相好円満」で貴族好みの「優美」で「典雅」な造形といわれる。ときには平安前期の彫刻と対比して「細やかさ」が語られ、更には「平面的」とさえ評されることがある。このような評価は類型化が進んだ広義の定朝様に含まれる像に該当すると考える。現存する定朝仏や狭義の定朝様に含まれる浄瑠璃寺九躰阿弥陀像などは、頭部のとりわけ目は力強く、頬は張り、口元は引き締まった存在感のある造形を有している。衣文や手先の彫りは極めて写実的であるが、細かすぎる印象は受けない。また、姿勢は穏やかで彫りを浅くするが、その彫りは自然で伸びやかさがあり、悠然と印を組んだその姿はむしろ造仏的空間を意識した構えであることに気づく。仕上げ彫りの作業が進むに従い、胸から腹部へのなだらかな流れに沿った衣文の表現はその下に隠される肉身部の造形を理解した上で、はじめて可能となる点など表現に苦心した。各部どこをとっても秀逸で、像全体では緩急自在、そして衣文などの具象表現と顔や腕にみられる整理された抽象的具象表現とが絶妙に調和している。
 
 今回の研究では、寄木造の木地仕上げまでの一連の作業工程を通して、木彫作業における図面の重要性を知った。更に、木組を検討することにより、寄木造の像の立体構造を把握する想像力が鍛えられ、仏像の調査や修理を行う上でも極めて意義の深い研究となった。そして、寄木造によって可能となった分業作業で木取りから荒彫り乃至小造りまで作業時間を短縮化するという寄木造の真骨頂を実感した。最後に小造りから完成までの定朝様式の計算されつくした調和の美しさを再確認した。これからも自らの技術向上に努めながら、各時代の仏像への理解と研究を深めていきたい。

主な参考文献:西川新次編「平等院大観 第二巻 彫刻」(岩波書店)、清水善三「平安彫刻史の研究」(中央公論美術出版)、西川杏太郎「日本彫刻史論叢」(中央公論美術出版)ほか