2002年5月8日
「籔内佐斗司 in 東大寺〜太陽と華と〜」展
「東大寺友の会記念講演」
(奈良東大寺金鐘会館特設会場において)

こんにちは。
 ただいまご紹介にあずかりました彫刻家の籔内佐斗司です。
 昨日から、この金鐘会館を会場に奉納展覧会「大仏開眼1250年奉賛 籔内佐斗司 in 東大寺〜太陽と華と〜」展を開催させて頂いています。
 大阪で生まれました私は、幼いころより幾度となく東大寺を訪れ、大仏さまにお参りをして参りました。「仏教」ということばを知るよりずっと早く、「だいぶつさま」に手を合わせていたわけです。子供時代の写真帳には、3歳ころの私が大仏殿の右奥にあります柱の根元の四角い穴から顔を出している写真が残っています。おそらく膨大な数のおなじような写真が日本中のご家庭にあり、それぞれの人のこころのなかに大切な思い出として残っていることと存じます。

彫刻家である私の創作の原点は奈良にあります。古い仏像の修復と研究に没頭した青年時代に、東大寺をはじめとする奈良の寺々へ足繁く通った日々を懐かしく思い出します。十五年まえに修復の現場を離れてからは、文化財を通じて「ほとけさまから教えて頂いた彫刻技法」を使って、日本人のこころの世界を表現してまいりました。そして今も奈良を訪れるたびに、かならず大仏さまに感謝をこめて「ただいま」と申し上げることにしています。
今回こうして、運慶、快慶の息遣いが感じられる南大門のすぐ足許で、このような展覧会を開催できましたことは、一彫刻家として身の震える思いがいたしています。しかし「身の程知らず」とのお叱りの声も聞こえてきそうです。

この展覧会のテーマである「太陽と華と」とは、偏く慈愛を降り注ぐ「太陽のごとき廬舎那仏(るしゃなぶつ)-大仏さま-」と、その恩恵によって生ずるすべての現象と生命活動の舞台であるこの世を「蓮の華」に見立てる蓮華蔵界の世界観から発想いたしました。
会場の構成は、巨大な太陽を正面奥に展示し、その前にあらゆる現象を包含する宇宙空間の象徴である虚空蔵菩薩、そして私たちにこうした世界観をお示しになったお釈迦さまの誕生の姿を正面に創りました。まわりにはさまざまな三千世界を象徴する蓮が取り巻いています。
 そして会場の中央には蓮華を象徴する十六角の部屋を設け、この世でさまざまなキャラクターを演じている生き物の抜け殻を中心にして、私たちにほとけの世界を開かせてくれる釈迦の弟子たちが取り囲んでいます。天井からは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思わせる巨大な「蜘蛛」が降りてきました。

さて今回の展覧会は、すでにお寺などにお納めしたご仏像を中心に展示していますが、本来の私は「童子」というテーマで作品をつくり続けています。ここで20分ほどのビデオを見て頂きます。このビデオは、1999年にパリの三越エトワールというギャラリーで開催しました「籔内佐斗司の世界・色心不二」という展覧会の会場を撮影し編集したものです。これをご覧いただきながら、私の童子の世界をご説明してまいりたいと思います。
では、ビデオをお願いいたします。

 私の作品には、たくさんの子どもの像があります。彼らは、裸であたまにちいさな「つの」をはやし、腕輪と足輪をしている「童子(どうじ)」の像です。このキャラクターはお不動さまの忿怒形や鬼をもとにした、私の創作です。
 むかしから「七才までは神のうち」ということばがあります。七才までの子どもは、人間界の存在ではなく神様からお預かりしているとても儚い存在だから大切に育てなければならないという思想です。乳幼児の死亡率が高かった昔は、七才までこどもが無事に育つということは、大変な幸運であったのです。また小さな子どもが亡くなるという悲しい現実を、「神仏にお返しした」と思うことで癒そうとしたのでしょうか。三才、五才、七才の節目を、昔の親たちは今では想像もできないほどの感慨と感謝をもって迎えたことでしょう。
 私の「童子」の作品もやはり「人間界ではない存在」に属する存在を表現しているのです。

 私の作品は、基本的には木彫です。木曾の檜を仏像と同じように寄木作りで組み立て、大きな作品は内刳りといってなかを空洞に刳りぬいています。そして漆を何度も塗り重ね、日本画の顔料で彩色しています。これは、平安時代末から鎌倉時代にかけて完成された日本独自の彫刻技法です。私はこういう技法を仏像の研究や修復をしながら覚えていきました。ですから「彫刻の造り方を仏さまに教えて頂いた」と思っています。

 昔のひとたちは自然界のさまざまな現象を、いろいろな神さまの作用だと理解しました。雷は「雷神」、風は「風神」、また水は「水神」として龍のかたちをあてました。ひと粒の米から無数の稲が稔る不思議を、「稲荷」すなわち「イネナリ」の神のご加護と考えたわけです。そして、そのなかの最高の神さまがお天道さまだと考えていたわけです。
 私の童子たちは、そんな自然界の現象の象徴である神々の子どもとしての性格を持たせています。まだまだお父さんの神さまのようには力強くはないけれど、精一杯頑張っています。
 たとえば「風神」のご子息は「追い風童子」、「雷神」のご子息は「火伏せ童子」という名前をつけました。

「童子ってなんですか?」というご質問をしばしば頂きます。そんな時、私は次のように答えることにしています。「中国でいうところの『気』、元気、天気、最近はやりの『気功』の気です。また古代の日本人が呼んだ『たま』、たましいのことです。山で「ヤッホー」いえば『木』のたましいが答えるから『こだま』。たんなる物質である『もの』がいのちを持ったり、さまざまな現象を生み出すのは『できごとのたましい』としての『ことだま』が宿るからです。埼玉県と云うのがありますが、あの語源は『さきたま』、『幸いを齎すたましい』なわけです。
また「童子」は、英語でいうと『スピリット』のようなものだとも思います。そして科学者が『エネルギー』と呼ぶ活力の源を、私は『童子』として表現しています」と、そのように説明することにしています。
そしてこのエネルギーそのものである「童子」たちを発散しすべての現象の源であり統御している根本法則を、太陽のごとき廬舎那仏として象徴的に表現されているのだろうと私は理解しています。

さて開眼供養が行われてから1250年のあいだに、二度まで破壊の憂き目にあった大仏さまが、その都度不死鳥のごとく蘇って現在の姿にあり、変わらぬ信仰を聚めていることは世界の奇跡といっても過言ではありません。昨年、爆破されてしまったバーミアンの石仏の悲劇を考えると、その思いがひとしお強くいたします。
最後になりましたが、私のような何の公の立場にもない一彫刻家の願いをお聞き入れ頂き、この奉納展覧会に深いご理解を示され、貴重な施設の提供をはじめさまざまなご後援を賜りました東大寺さまに、主催者である実行委員会一同とともにこころよりの御礼を申し上げたいとます。
ただいまお話してまいりました私の作品や制作の理念については、先月上梓いたしましたこの「開運『楽観道』のすすめ」により詳しく書いております。もしご興味を持って頂けましたら、展覧会入り口の売店で扱っていますので、お手に取ってご覧下さい。ちなみに税込み1260円です。
さてお時間もころ合いとなりましたのでこのあたりにさせて頂こう存じます。長い時間ご静聴頂きありがとうございました。
もしご質問などがございましたら、どうぞご遠慮なくおっしゃってください。


戻る