修了作品 金剛峯寺 不動堂
「八大童子立像のうち矜羯羅童子像 模刻制作」

 本像は、高野山金剛峯寺・不動堂内に安置されていた不動明王坐像の眷属として祀られていた八大童子像のなかの1躰である。昭和25年東京国立文化財研究所が行ったX線撮影によって、運慶特有の蓮弁台を有した月輪型の木札の存在が胎内に確認されたため、運慶作と考えられている。的確な形態把握による少年らしい力強い張りや、生き生きとした表情をはじめ、天衣や肉身部に見られる見事な写実性や造形表現によって、運慶制作を充分に感じさせる像である。

研究概要
 本研究では、この矜羯羅(こんがら)童子像を出来る限り当時と同じ方法を用いて模刻制作を行い、その工程を一つ一つ追体験することで、鎌倉時代初期の寄木造りの構造と技法を理解するとともに、実作者の観点から、初期慶派仏師の大胆で高度な表現技法への理解を深めることを目的とした。また、本像には鮮やかで繊細な彩色が施されているが、本研究では彫刻技術の習得に専念するために木地仕上げとした。

 現状では本像の彩色がきれいに残っているために、割り首を行ったかどうかを確認できなかったが、前後の矧ぎ目が頭頂部から首元までで留まることや、本像の髪先部分に見られる割り剥いだ形跡が、割り首の為に一度髪の毛を外すために行われたものと判断して、本研究では割り首を行った。実際に髪の毛を割ることで、鑿が首元に入り、割り首をすることが可能となった。このことから判断して、本像においては割り首が行われている可能性が高いと思われる。

 制作当初は、腕と手を取り外すことに違和感を覚え、頭部を割ることに不安を感じていたが、制作が進むほどに、その工程が作業効率を大幅に高めていることを実感し、その計算され尽くした技法と、良いものを作るためには恐れずに頭部を割るという先人の大胆さと知恵を知ることができた。

  そして、木彫制作の前段階である石膏像による試作の際に、3ヶ月近くもの期間、実像を目の前にしながら制作できたことは何ものにも代え難い機会であった。対峙した本像は顔から足の指先まで動き出しそうなほどの緊張感が漲り、その高い技術ともに、像に込められた作者の愛情や祈りまでも感じることができた。沢山の知恵が詰まった矜羯羅童子像という名前の教科書を、私はまだほんの一部しか読めていないのだと痛感する毎日だったが、この貴重な体験を生かし、今後も自らの技術向上に励むとともに、より一層仏像への理解と研究を深めていきたいと思う。