論文要旨
『仁王像と間 東大寺南大門仁王像における』
    東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程文化財保存学専攻保存修復(彫刻)研究領域
                                         岡田 靖
第1章 研究目的とその方法
 仏像は文化財の規定のなかでは美術工芸品の彫刻に属する。その概念は明治以降に我が国にもたらされたものであり、本来は仏教の崇拝物として造られた信仰対象である。しかし長い歴史の中で仏像を安置していた寺院を失い、博物館や美術館に所蔵されているものや文化財として指定を受けたことにより宝物館や収蔵庫などに安置されているものも多い。これは文化財を保存するためではあるのだが、宗教遺物である仏像を宗教的視点からはなしてしまっては文化財保護法にある文化財の活用が十分に果たされているとは言えないのではなかろうか。仏像の保存と活用をおこなう際には、仏像の造立当初の意図や安置のあり方など宗教的意義を十分に考慮した上で保存修復をおこない、またその宗教的意義が活かされる活用のあり方が為さればなければならない。
仏像の本来のあり方を考えるためにはいくつかの見方が必要である。ひとつは仏像単体の造立当初の姿や図像や造形の考察、次に仏像の安置方法や堂内での祀られ方、また堂と仏像の関係や空間のあり方も重要な要素であると考えられる。
本論では数少ない当初の姿をとどめる遺構の中で、仏像、建築物ともに優れ、また空間性に優れた表現を持つとともに仏教的な役割を現代にも色濃く残す例として東大寺南大門と仁王像を対象とし、縮尺摸刻制作及び展示シミレーションをおこなうことにより、仁王像の持つ個展造形に見る空間性と宗教的意義を考察し、それにより仏像文化財の保存と活用のあり方について再考するものである。

第2章 研究の背景
仏像・彫刻・間
彫刻は三次元に立体として存在する芸術表現である。触覚芸術といわれる彫刻は、その造形や量や質感などによって、鑑賞者の体感に直接訴えかけてくる表現をもつ。
仏像は仏教の宗教彫刻である為、そうした彫刻的特色とともに宗教的意味を強く持ち、仏像単体だけでなく堂や荘厳具などを含めて表現される総合的な仏教芸術である。また仏像はその礼拝場所を限定する場合が多く、仏像と礼拝者の位置関係(間)も重要な問題であるといえる。さらに仏像表現が群像(仁王や四天王など)になる場合には、仏像と仏像の位置関係(間)も絡まり、各々の間(ま)が仏教芸術における重要な要素となるのである。
仁王像について
 仁王像は金剛力士ともいわれ、仏界を護法する役割をもつ忿怒相の守護神である。仁王像は須弥壇の左右や寺門の左右に二体一具であらわされ仏法や寺院を守護する役割を持つが、その表現は寺門の安置によってその役割を強く発揮する。二体の阿吽という対比表現は、門内に特種な緊張感をつくり、まるで結界をはっているかのようである。仁王像は、宗教的意義が一体では成立し得ない(執金剛神は除く)群像表現であり、その安置方法により宗教的意義を大きく左右される尊像であるといえる。
仁王像は風雪にさらされる為古い像は少ないが、それでも各時代の仁王像が伝えられている。その中でも東大寺南大門仁王像は仁王像は造形性、空間性、芸術性において、際立って優れた像であると言える。東大寺南大門仁王像のについて先学の研究を元に文献上からの研究をおこない、現存する他の仁王像と比較することで南大門仁王像のもつ持つ造形性や空間性、また東大寺南大門仁王像だけが持つ特殊な点を述べる。

第3章 制作・第4章 展示
本制作・展示は東大寺南大門仁王像の持つ特殊さをあえて除くことで、逆説的に仁王像のもつ宗教性、造形性、空間性の本質を研究するものである。また、それにより仏像表現の宗教的意義と文化財的意義との接点を探り、今後の仏像文化財の保存および活用のあり方を考察する。
東大寺南大門仁王像の特殊な点は-1-像と門が造立当初の姿で現存している-2-図像-3-8mを超える巨像である-4-空間的効果の強い大仏様でつくられた南大門に安置される-5-阿吽両像の位置が通例と逆である-6-阿吽が対面した安置方法である、の6点があげられる。
以上の特殊な点に対し、以下の方法で研究をおこなう。
-1-は仏像の当初の姿を検証する為に不可欠なものである。
-2-では摸刻をおこなうことにより図像による造形性や空間性を研究する。
-3-では巨像ゆえに持つ造形性や空間性を四分の一に縮尺模刻を制作することにより逆説的に検証する。
-4-では南大門という限定された空間いっぱいに安置されることで空間的効果を強く持つ仁王像の表現を、縮尺摸刻制作時に南大門と同寸縮尺の簡易壁を用いてその空間性検証する。また、正木記念館正門に展示することで、寺門でない場所でも仁王像が宗教的意義を持ちうるかを検証する。
-5-、-6-では縮尺模刻像を粘土で成形した後、FRP(強化ポリエステル樹脂)で型取ることで像の重量を軽くし、台座に車をつけで移動を容易にする。その縮尺摸刻像を正木記念館旧正門において配置を代えて展示することにより、配置による空間性、宗教性、芸術性の違いのシミレーションをおこなう。その展示は東大寺南大門仁王像を構成する「場」と「間」の考察であり、東大寺南大門仁王像がもつ独特の空間性を体感することを目的とした「空間感受装置」である。

第5章  総括
今回の研究を行ったことにより、仏像と場が重要な関係性にあることを実感することが出来た。現在、仁王門を失い宝物館などに安置されている仁王像の場合、本来の宗教的役割も門との関係によりうまれる力をも失っているため、文化財としての活用が十分果たされていないことになるのではなかろうか。今後、残された仁王像に規模や時代様式をあわせた仁王門を建立し、仏像単体での価値基準ではなく、総合芸術としての見解を広げていく必要があると考える。
現代を生きる我々は、日本の文化として誇るべきこの総合芸術をあるべき形で後世へ伝えていくという責務を担っている。そのためにも、より多くの人々に文化財にふれ、興味を持って欲しいと私は願う。
今回の研究では仁王像と仁王門の関係においてのみ考察したが、「場」もしくは「間」の重要性は他の諸尊においても同じであると考える。引き続き今後の研究課題としたい。