Online Lecture 5

『乾漆技法解説』
高宮 洋子
1.はじめに
既にOnline講座の『彫刻文化財の基礎知識』(4.仏像の技法)や『仏像の彫り方』の中で説明されているように、漆は造像材料として大変興味深い素材です。

世界最古の漆文化は、約7000年前の中国長江河口にある河姆渡遺跡から発見された漆椀です。約7000年も前に朱漆を使用していたことに驚きます。
日本で最も古いものに約6000年前、やはり朱塗りの櫛(鳥浜遺跡)があげられますが、両遺跡とも予想以上に高い漆技術を持っていることから、発掘されてはいませんが、さらに古い時代の漆文化が想像されます。
日本の縄文時代、この櫛のように木や枝・蔓などを芯にして、まわりに漆と土(増量材又は垂防止材として)を混ぜた木屎漆のようなもので成形する技術が見られます。このとき既に乾漆技法が使われていたと考えます。しかし弥生時代に入り、金属文化が伝わり切削加工技術が進歩したことと相俟って、乾漆技法は一時姿を消します。

次に日本で現れてくるのが、7世紀聖徳太子の墓をはじめとする夾紵棺や、仏像では7世紀後半当麻寺四天王像があります。そのころより脱活乾漆技法が盛んに行われ、平安半ばでまた衰退していってしまいます。次第に木心乾漆から木彫へと移行していった理由として、わが国がもともと樹木の豊富な国であったことと、漆が当時から貴重なものであること、その作業性など挙げることができます。
2. 漆について
乾漆技法の説明をする前に、欠かしてはいけないことがあります。 乾漆技法は、その名の通り漆を使用した造形技法です。まずは、その漆について簡単に説明したいと思います。
漆の木
掻き痕が残る
漆の花と葉
乾漆像の主な材料は、漆(うるし)という木の樹液で出来ています。 日本文化を代表する素材である漆(うるし)は落葉樹漆の木の幹に傷をつけて、滲み出る樹液を精製したものです。 漆塗膜は優れた美しさと、耐久性を持ち、かつ地球に優しい天然塗料といえます。
漆の木には、雌雄があり、花が咲き実をつけます。この実からは木蝋が取れ、岩手県の浄法寺では実を炒ってコ ーヒーとして飲まれています。
漆液を採取することを、『漆を掻(か)く』といいますが、漆(うるし)掻(か)きは6月頃から始まり11月あたり で終了します。採取する時期によって含水量の違いや、質の良し悪しが決まります。
傷つけ滲み出た漆の樹液は、はじめは美しい乳白色をしています。その美しい乳白色の液体が空気中の酸素との 酸化反応と、漆の中に含まれるラッカーゼ酵素反応によって、次第に黒く変色していきます。
最も硬化に適した温 湿度が、20℃〜30℃,70%〜85%。梅雨の頃が最も好条件と言う訳です。
それは何故かと言うと、梅雨時期は空気中 に腐朽菌類が沢山飛んでいるので、なるべく早く自らの傷口(木が削れたところ)をふさごうとする涙ぐましい行 為からなのです。
出たての漆液
漆液
採取した漆は、用途に合わせて精製を行います。大きな桶に入れ、ナヤシとクロメをします。
ナヤシとは良くか き混ぜて漆中の成分を均一にすることです。クロメとは熱を与えて余分な水分をとばします。どちらも漆塗膜を丈 夫にし、より肉持ちの良い艶のある塗料になります。
ナヤシとクロメをしたものが「透き漆」(無油)で、透明感 のある漆です。これに顔料を混ぜて(色漆)絵の具として使用したり、木目を生かす透明塗り等に使います。
ナヤシとクロメ
ナヤシとクロメの時に、鉄の粉を入れます。すると化学反応によって漆が真っ黒になります。これを黒漆といい、 塗りの仕上げに使用します。時代によっては、鉄粉の変わりに墨や灰などを混ぜて黒漆として使用しています。

透き漆、黒漆ともにそれぞれ無油のものと有油のものがあり、磨いで仕上げる「呂色(ろいろ)漆」と塗ったままで仕上げる「塗立(ぬりたて)漆」とに分かれます。
黒漆と透き漆
(※上掲写真はいずれも季刊『銀花』1996 第百五号より転載)
また、漆の用途は次のようなことが挙げられます。
   ○ 絵の具として
   ○ 塗料として
   ○ 接着剤として
   ○ モデリング材として
なかでも、接着剤・モデリング材としての用途を存分に活用した技法が、脱活乾漆技法です。かぶれや硬化までの時間の長さなど、作業性の悪さで敬遠されがちな漆ですが、いろいろな顔を見せてくれる漆 の魅力に是非触れてみてください。
3. 脱活乾漆の制作工程

それでは具体的に画像を見ながら脱活乾漆の技法を解説していきましょう。写真は当研究室と東京国立博物館が行ったギャラリートーク「仏像のひみつ」展用に、当時修士1年の小林恭子、兵頭祐子、益田芳樹が作成した脱活乾漆工程模型です。

1. 塑像用の心木を作ります。

今回は像高60cm 程度のものなので、簡単な作りとなります。 当時は縦引きの鋸がないので、縦に製材する為 に、材は木目の通った針葉樹を使用し、楔などを使い縦に割ってから、矧ぎ面を刀や槍鉋で整えていました。また台鉋もないので、この支柱 を支えている底面も槍鉋で表面を整えました。
支柱には土が付き易くするため、縄を巻きます。 脱活乾漆の塑像時の心木は後に除去されるものと、そのまま乾漆に置き換えてからも使用される場合があります。

2. 古典塑像と同様に土をつけていきます。

今回は粗土・中土と付けていきましたが、実際 に使い分けていたかは、定かではありません。ただこの上に布着せをするので、離れ難さを考えると、そう藁が飛び出している粗土で終わりにしたとは思えません。
この塑像の上に、麦漆を使って麻布を貼りこんでいきます。土がまだ軟らかい内に、凹みの部 分をヘラで押し込むように圧着していきます。そのときの布の重なりが像の強度にもなります。布の一層目に漆を使用せず、糊を使って貼りこんだ例もあります。

3. 布着せが終わったら、通常背面など目立たないところに窓を開け、中の土を取り除きます。

除去後に、改めて新しい心木をいれ、釘で外か ら固定します。収縮を防ぐために、肩や腰に内 形に沿った円盤状の横板を固定します。
心木を固定したら、窓を麻紐で縫い付けます。模型では中の状態が解るように、左右に割りました。
掌は木で作り、指は銅線で芯を作りました。

4. 心木の様子

5. 木屎で塑形していきます。(向かって左)
さらに錆漆で形を整えていきます。(向か って 右)螺髪は木で作り貼り付けました。

指は漆をつけた麻布を巻き、木屎で形作 りました。

6. 漆箔を施し、古色をつけました