Online Lecture 11

西念寺 阿弥陀如来坐像 保存修復事業報告

概要

茨城県坂東市に安置される本像は、同県を代表する定朝様彫刻の一つである。修復前の本像は後世の修理を経て、制作当初の姿を著しく


損ねていたが、2006年秋から実施してきた解体修理の結果、穏やかで柔和な定朝様の造形が甦ることとなった。その像容から、中央の仏師が直接制作した仏像を運んできたものか、あるいは中央の仏師が訪れて制作した像であろうと推測される。


修復前後写真 撮影/早川宏一

< 修復前 >
< 修復後 >

< 修復前 >
< 修復後 >

< 修復前 >
< 修復後 >

< 修復前 >
< 修復後 >


本像について

名 称 : 阿弥陀如来坐像

員 数 : 一躯

所有者 : 西念寺

所有地 : 茨城県坂東市辺田

施工者 : 東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学保存修復彫刻研究室

施工場所: 東京都台東区上野公園12-8

修理期間: 2006年9月〜2007年3月

指定文化財の種別:茨城県指定文化財

制作年代: 平安時代後期(漆箔層の除去により、12世紀初めから12世紀半ば頃までの作と推測される。)

法量(単位:cm)

像高87.1 髪際高74.3 

頂−顎 29.9 面長17.2 面幅16.8 耳張21.9 面奥22.1 胸奥24.6 腹奥28.0 

肘張 55.4 膝張 14.8 膝高 14.8 膝奥56.5 

形状

螺髪粒状(彫出)。肉髻朱・白毫相(共に亡失)をあらわす。耳朶環状。三道をあらわす。衲衣は左肩をおおい、右肩に少し懸かる。左手は膝上で掌を仰ぎ、右手は屈臂して掌を前に向けて立て、ともに第一・二指を相捻ずる。左足を外に結跏趺坐する。

品質構造

檜。寄木造り。漆箔。彫眼。

頭体幹部は前後二材で矧ぎ合せる。頭体幹部の前半材は、通して一材より彫成し、三道下で割首する。

背面部は耳後ろで後頭部材一材を矧ぎ、体側中央は体幹部後半材の一材を矧ぐ(両肩上の矧目に各一材<後補>を挟む。後頭部材は複数の

 小材<後補>と共に、体幹部後半材の上にのせる)。頭部および体幹部材に内刳りを施す。左右側面には板状の材をそれぞれ矧ぎ寄せているため、体幹部は箱組みのような構造となる。

左側面には、左肩から肘部を含んだ地付までの体幹部に一材を矧ぎ、内刳りを施す。左腰脇に別材を矧ぐ。右側面も上記板状の材のほか

 に、後半材に薄板一材(後補)と、右肩から地付にかかる別材(後補)を矧ぐ。これらの材の上にさらに薄板(後補)を矧ぐ。右腰脇には、前

 方一箇所で割り矧いだ三角材を矧ぎつけ、内刳りを施す。
 右腰脇材と、膝前及び体幹部前半材の間には、二材(後補)を矧ぎ足す。

左腕は前膊半ばより先を脚部上に矧ぎ、手首先を矧ぐ。左袖口の上面に小材(後補)を矧ぐ。右腕は肩・肘・手首で矧ぐ。右上膊材のほぼ中心で割矧ぎ、内刳りを施す。右肘に薄材(後補)を挟み、前膊を矧ぐ。

膝前部は一材製。裳先を矧ぐ(後補)。

後補材には ( さわら ) と類似する材が用いられていた。像表面は、肉身部を中心に布貼りと漆箔が施されるが、いずれも後補である。

なお箱組み構造をなす左右両側板材及び右腰三角材は、干割れにより三材に分かれる。

X線写真


保存状態

正面の割首接合部分が、体幹部に10mmほど陥没しているため、頭部が前傾。頭部と後頭部材の矧ぎ目に緩みが認められる。

肉髻珠と白毫を亡失。白毫が嵌入されていた穴は、虫蝕によってスポンジ状を呈し、肘部や地付にも虫蝕が確認された。肉髻から地髪にかけての右正面螺髪部は後補であり、周辺の螺髪列との形状のつながりを欠く。頸部後方部材、両耳朶、鼻先も後補である。

体幹部材と膝前部材との矧ぎ目の鎹に著しい緩みがみられ、いつ遊離してもおかしくないほどの状態にある。右腰三角材と膝前部材との矧ぎ目にも緩みが認められる。

左肘裏には鼠害によって大きな穴が空く。右脇下の衲衣を欠失し後補材を当てていたが、形状のつながりを欠いていた。

右背面部分、背面右肩の小材、背面両脇地付部の三角形状の材、右腰部分、両手先、裳先は、後補材である。体幹部の前後材を支える角

材も、後世の修理で施されたものと思われる。

後補の漆箔層は脆弱し、漆下地からの剥落が進行している。両腰部や背面などに用いられた鎹は、錆によって漆箔層が持ち上がり、表面に突出している。一部の鎹は効力が失われているものもある。

体幹部を中心に、両足裏周辺部ならびに衣文等は、後世の修理で木屎漆が盛られ塑形されている。

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参考文献:後藤道雄『茨城彫刻史研究』中央公論美術出版(2002年5月)

     後藤道雄「常陸の仏像」『國華』第1326号、p.27〜p.37(2006年4月)

本像の修復について

修復方針

全解体修理とする。

本像は平安時代に造像された当初像の上に、後世の修理が施された状態であった。そのため修復方針を決定する際に、造像当初の姿に復元するか、あるいは後世の修理部分を含めた状態を尊重するかが争点となった。そこで修復委員会において様々な視点から議論を重ね、以下の見解に達する。

経年変化に伴い、鎹が腐食し矧ぎ目の遊離を招いており、漆箔層の剥落や、虫蝕や鼠害も甚大であるなど、像全体の損傷が顕著なため、早急に修復を要する状態であること。また、後世に修理された箇所は脆弱な上、平安時代の特徴である穏やかでやわらかな造形性からかけ離れていること。以上の点を考慮し、当初の像容を損ねる後補部分を除去し、平安時代の当初の尊容に戻すこととした。

修復工程

1. 事前調査、修復前撮影、3Dレーザースキャナによる計測、X線撮影、殺虫のためガス燻蒸(ヨウ化メチル)を行なった。

2. 全部材を解体し、腐食して緩んだ鎹と釘を全て除去するのと同時に3の作業を行なった。

3. 後補の漆箔層及び布貼り層、木屎漆を全て除去し、制作当初の表面に戻した。布貼り層は、木地を傷つけない程度に極力除去した。

4. 虫蝕などによって脆弱になった当初の部材に、溶剤系アクリル樹脂(パラロイドB72 5〜7%溶液)を含浸強化した。

5. 虫穴の充填は基本的に、木屎漆(麦漆+木粉+麻粉)を使用した。虫穴が深い場合は檜材で埋め、奥まった部分で虫蝕が広がっているような場合には、エポキシ樹脂(アラルダイトXNR6105)を併用した。

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6. 各部材を組み上げ、麦漆で接着した。麦漆の初期接着力を補うために、酢酸ビニル樹脂(PVAc)を併用した。さらに元の鎹・釘痕に檜材や木屎で充填補強した後、同じ場所に漆で錆止めをした鎹および頭巻釘を打ち込んだ。

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7. 両耳朶、両手先、裳先などの後補材は別保存とした。取り除いた後補部分や、欠失部分、亡失部分は、平安時代後半の造形的特徴をふまえ、檜材で新補した。

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8. 木型を元に制作した水晶製の白毫と肉髻珠を嵌入した。

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9. 各部材の矧ぎ目や鎹部分に生じた隙間に埋木や木屎漆を充填した。

10. 埋木および木屎漆を充填した部分を整え、当初部材の雰囲気にあわせて膠水と顔料を用い、補彩を施した。

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