Online Lecture 6
文化財彫刻の修理に使用する充填剤および古色について
1.はじめに

修理の際に新補した箇所は、最終的に周辺部と違和感のないよう「色合わせ」が行われる。文化財 概念が希薄であった時代には、職人的技巧を凝らして補作箇所をわからないようにすることを高く評 価する傾向にあった。しかしこのことが文化財の美術史的研究に不必要な混乱を招いたため、現在は 新補箇所が明瞭となるように補彩が行われている。
 
しかし近年、彫刻文化財の信仰対象としての重要性が見直されるにつれ、修復の現場においては新 補箇所の「より違和感のない補彩」の必要性が増してきている。私たちはこのような時代の要請に対 応するために、「補彩技術」の改善と、彫刻修理に不可欠な充填用樹脂の試作実験を行った。

具体的には、現在修理中である浄瑠璃寺・大日如来坐像と光林寺・祖師像に用いる木地古色および 充填剤のサンプルを作成した。 修理材料の選択には、修理者の"習熟度合"に左右されるところが多い。しかし学生や経験の浅い修 理者にとってその選択肢は多様であり、報告書や先輩の指導に頼ることとなるが、自ら比較判断する ことは困難である。今回、作成した充填剤や古色技法のサンプルが、修復の現場において客観的な選 択基準として利用されることを期待する。

2.試作方法

昨年より当研究室で行われている修理物件である浄瑠璃寺・大日如来坐像と光林寺・祖師像につい て、欠損部の補作また充填の必要があった。そこで今回は木地仕上げという方針に従い、新補部分 を周辺部との調和を考慮して木地古色を行うこととした。また、虫蝕部への充填にあたってサンプル 実験を行い、これからの樹脂選択の際の目安を作成した。

2.1 染料による木地古色

木地古色には、物理的に木地を劣化させる硝酸やガンマー線照射等による方法もあるが、今回は染 料を中心に古色サンプルを作成した。3cm×3cmの桧板を鉋がけし、矢車玉、柿渋、アセン、緑茶+ アンモニアの水溶液を塗布した。濃度は下記の通りで、いずれも10段階に分けて濃淡を出し、比較した。
 (1) 矢車玉       水1リットルに矢車玉100gを加え、水が500ccになるまで煮出す。
 (2) 柿渋        原液のまま使用。
 (3) アセン       水100ccにアセン1gを加え、溶けるまで火にかける。
 (4) 緑茶+アンモニア  水300ccに緑茶3gを加え5分間煮出し、アンモニアを2,3滴加える。

2.2 樹脂による充填

 
充填剤としてよく使用される水性アクリル樹脂(プライマルAC)とPVA(ジェイド)の2種類の樹脂 について、木粉、タブ粉、砥の粉、アクリルマイクロバルーン、フェノールマイクロバルーンの5種類の添加物を加え、ヘラ離れ、収縮率等の違いを検証した。

(1) プライマルAC :木粉   木地との連結力が強いが、収縮率が強いため中央に亀裂が生じる。
(2) プライマルAC :マイクロバルーン   最も収縮率が低く木地とも相性が良いが、やや軟。
(3) プライマルAC :タブ粉   収縮率はやや低いが、強度は適当。木地との連結力が悪い。
(4) ジェイド :木粉   木地との連結力が強く、収縮率はやや低いが、ヘラ離れが悪い。
(5) ジェイド :タブ粉  木地との連結力が強いが、収縮率がやや高く、ヘラ離れが悪い。
 
樹脂の量は一定にして添加物を混入したが、それぞれの比重が違う為混入量は様々であった。今回、充填しやすい粘度を基準とし比較した。
充填剤の条件として収縮率、木地との相性の良し悪し、色味、塑形し易さなどが挙げられるが、総合的に見て収縮に関してマイクロバルーン添加のものが良好といえる。硬さに難があるが、タブ粉を入れることで調節が効いた。色味的に、フェノーマイクロバルーンルマイクロバルーンよりもアクリルマイクロバルーンのものが調し易い。PVAを主剤とした充填剤はヘラ離れが悪かった。
2.3 漆による古色法

漆による古色付けは、漆に顔料や墨粉等を混ぜて色味を変えたり、透き漆を駆使したりと様々であるが、今回は下記の5種の古色について試作した。
(1)錆たたき彩色  
 
木地固めした後、錆漆をひきタンポで細かく角を立てる(叩き錆)。その上に胡粉下地をし、彩色を施す。彩色の乾燥後、サンドペーパー等で表面を軽く研磨する。胡粉下地には少量の墨を混ぜ、彩色に使用する顔料は焼くなどして酸化させたものを使用する)。

(2)ゆるい錆彩色

木地固めした後、漆分の少ない錆漆を塗る。胡粉下地をした上に彩色を施す。彩色の乾燥後、刀やヤスリで調子を見ながら表面を剥がす。(胡粉下地には少量の墨を混ぜ、彩色に使用する顔料は焼くなどして酸化させたものを使用する)。

(3)貼り断文

木地固めをした素地を用意する。素地とは別の同じ形に和紙を糊で貼り、その上に錆漆・漆箔を施す。水またはお湯で素地から、和紙ごと漆層を剥がし、断文のように手やヘラで割れを入れる。
表面に和紙を糊付けして養生する。裏面についている錆漆側の和紙を剥がし、木地固めされた素地に圧着する。
 
(4)漆箔

衣文を彫刻した素地を木地固めし、錆付け、漆箔と通常の工程を施す。漆箔が完全硬化する前に ウエス等で軽く様子を見ながら箔を剥がす。漆が完全に硬化したら、アクリルで淡く色をつけ箔の 色を調節する。アクリルが乾く前に、スス玉等の粉を蒔く。

(5)虫食い技法

木地固めした板の上に、高濃度の膠で練った砥の粉を、細い口のコーンに入れて虫穴の形に絞っていく。細いひも状の砥の粉を覆うように錆漆で塗り固める。表面を研いで平らにし、漆を塗る。 硬化したら、砥の粉の部分をお湯で溶かしながら除いていく。
3 まとめ

浄瑠璃寺・大日如来坐像の木地古色について、色見本とオリジナルの木地とを比較し、矢車玉による 古色を選択した。また光林寺・祖師像に用いる充填剤は、最も収縮率の低いプライマルAC:アクリルマ イクロバルーンを基本構造とし、やわらかさと加工性を補うためタブ粉と木粉を、プライマルAC 2: アクリルマイクロバルーン 4: タブ粉 1 :木粉 1 の割合で使用した。漆による古色は、浄瑠璃寺・大日 如来坐像の新補した右手の甲に、貼り断文の応用を試みた。