Online Lecture 7

浄瑠璃寺灌頂堂 大日如来坐像 修理報告1

1.はじめに

浄瑠璃寺灌頂堂に安置され普段は非公開の像であるこの像は、1176年の運慶作で知られる円成寺大 日如来坐像や、1183年筑前講師の銘が入った岐阜横蔵寺の大日如来坐像など、平安末鎌倉初期の慶派 による作例に酷似している点から、研究者たちの注目を浴びていた。
 
近世修理の厚い泥下地に覆われた本像は、漆箔層の亀裂や剥落によって当初の姿を著しく損ねてい た。調査をかねて後補下地の除去を行ったところ、当初のすばらしい造形が現れた。厚い下地に覆わ れて見ることのできなかった慶派特有の刀の彫跡、錐点、割り剥ぎの構造等、技術的にも美術史的に も興味深い要素を多分に持ち合わせていた。

さらに厚い泥地漆箔層では亀裂、剥落、浮き上がり等は見られたものの、虫害は軽症のように思 われたが、除去後の像は見るも無残な虫食いによる被害を受けていた。本事業の目的として、修理だけではなく年代・作者の判明している基準作例の3Dデータを比較検討 することで、本像の制作年代・作者の同定まで試みようとするものである。

2.修理内容

修理内容の概略は次のように行なった。

事前調査後、後世に施された像全体に及ぶ泥地彩色を、すべて除去する。泥地の下より出てきた漆 塗膜層は、オリジナルとも考えられるのでそのまま保存することとした。そのほかの部分は、木地仕 上げとした。

後世修理の釘、膠、コクソを除去し剥ぎ目のズレを改善した。玉眼は後補と思われるが、 そのまま保存する。頭部、髻の彩色は当初と思われるので、メチルセルロースで強化及び保護をした。
欠失、亡失部の補作および後補材の大半を檜により新補し、古色を施した。右腕付根のマチ材は後補ではあるが、矧ぎ面の工夫が特徴的としてあえて残した。

虫害部にパラロイドB72注入で木地含浸 強化をし、充填にはプライマルACにマイクロバルーン等を混入したものを使用、強度を必要とする箇所はアラルダイトを使用した。膠、酢酸ビニルを接着剤として、組み上げる。白毫は、径を若干小さくし白水晶で新補した。

3.制作年代・作者に関する考察

本像は藤末鎌初の慶派による作と考えられているが、それを裏付ける要素をいくつか挙げてみたい。
 
3.1.木割法による考察 −錐点の存在−
日本の仏像彫刻には古来より、ある一定の法則に従い造像されていたと考えられている。時代によ り多少異なるが、髪際または白毫から顎の先端や顎下の長さを「1つ」として膝張りや像高を決定する ものである。

本像には眼や鼻の位置などの位置をあらわす座標点である錐点が見られた。それはちょうど面部の髪際と顎の先端、膝の張り出し部分にある。まさに造像時における作業のひとつと見られる。このとき髪際から顎の先端を1つとしている奈良法則を基本として行っていたのは、定朝と後に運 慶である。両者の違いは、髪際から顎の先端を1つとして定朝は脇幅2つとし、運慶も脇幅2・膝張り5 として造像している。

面部の髪際と顎の先端までの長さは 93mmで、膝張りは450mm。 おおよそ5倍ということで、運慶法則 に則っている。
浄瑠璃寺大日如来坐像 面部
日野法界寺阿弥陀如来坐像(定朝法則)
円成寺運慶作大日如来坐像(運慶法則)
(太田古朴『仏像彫刻技法』, 綜芸舎,1980年)

3.2.天冠台による考察 

鎌倉初期慶派諸作例の天冠台形式の特徴として、 上縁が外側に反り返った無文帯が指摘される。同 時期の慶派例として岐阜横蔵寺大日如来像や修善寺大日如来像などが挙げられる。
本像は花形が削られてしまっているが、八方に花形を配置する跡が残る。また花形単位ごとの境に、2つ弧を描くようなくぼみを彫出している。これはあまり快慶には見られない形である。              
(武笠 朗:「西大寺四王堂十一面観音像について」,『美術史』,120号,1986年)
<天冠台花形の境>
<丸刀と彫り跡の拓本>

3.3.その他の造形的特徴 

右肩では一旦入れたマチ材を縦に割り、間に三角のヘギ材を入れて広げている。 この形状は平成14~16年度にかけて修理が行われた、北向山不動院の不動明王坐 像も同様の技法が使われている。この不動明王坐像は、近年になって1155年仏師 康助により造像された、安楽寿院不動堂創建当初の本尊にあたることが判明した。 特殊なこの技法はほかに例を見ないが、初期における慶派の前身奈良仏師の技法 といえよう。

(奥 健夫・飯田雅彦:「北向山不動院不動明王坐像の修理について」『佛教藝術』,280号,2005年)
特殊な例としてもうひとつ挙げられるのが、首の割り剥ぎである。 割り首が2回行われている。形状的に見て、まず菊状の丸刀跡の残る箇所で割り、 次に瓔珞で隠れる位置に1本の弧を描くように割り矧いでいると考えられる。何らかの理由により、首の抜き差しを行うため、このようにしたのではないかと推測される。またこの例も鎌倉時代前期の造立とされる、神奈川県龍華寺本尊大日如来坐像の首も表から剥ぎ面がはっきりとわかる。他にも鎌倉期の特徴ともいえる、細い丸刀で表面を整えている彫り跡が見られる。 刀幅は平均して幅2〜3mm。
 
4.3D画像による検証 

両上腕中央部を切断し厚さ5~7mmのマチ材を入れて、腕の長さを調節した箇所がある。また体幹部側、 腕側ともにホゾ位置の調整が行われ、両腕を前に出している。左脇腹には腕に沿うように「へこみ」があるが、現状ではこのへこみに腕は接していない。しかし当初あるいは途中の段階で腕が接していたと考えられる。そこで3D画像を操作し、修正前の腕が体幹部のへこみに接するか検証した。
(1) 現状の3D画像
(3)
  (2) 上腕のマチ材を除去した3D画像
(4)
(5) 断面図
肩ホゾの修正は約6〜7mmである。修正部材をすべて除去し、体幹部のへこみの位置で断面をとったところ、見事に腕がへこみに合致した。
協力)株式会社キャドセンター 山田 修