「荒仏師 運慶」
解説 籔内佐斗司



待望の仏師エンタテインメント

 私には、かねてからひとつの願いがありました。それは、鎌倉時代の「南都復興」をテーマにした大河ドラマ、もしくは映画ができないものかということです。東大寺大仏殿や興福寺伽藍の焼亡の様子は、最新のCG技術を以てすれば、素晴らしい映像スペクタクルとして描き出すことができるでしょう。清盛、重衡、頼朝のような美しい武将はもちろん、重源上人、陳和卿、そして運慶を筆頭とする個性豊かな仏師たちなど、魅力的な登場人物には事欠きませんから、世界的なヒットも夢ではないと思います。
 常日頃、そんなことを思っていたところに、本書『荒仏師 運慶』に出逢いました。私は、彫刻家であるとともに東京藝術大学大学院文化財保存学で仏像の技法材料と修復を担当している関係で、仏師や仏像制作の背景について研究しています。しかし、それはあくまでも美術史的知識や制作技法が中心で、仏師の人物像を具体的にイメージすることはあまりありません。ところが本書において、慶派が台頭する時代の躍動感が波乱にとんだ物語にとけこんで、仏師名と制作した仏像名だけだった人物たちが、梓澤要さんの想像力によって生身の人間として描かれていることにびっくりしました。「ひとにはそれぞれに得意分野があるもんだ」と大いに感心した次第。
 西洋美術史では、レオナルドとダヴィンチ、ゴッホとゴーギャン、ピカソとブラックのような同時代を生きた芸術家について、人間の物語として著述する「評伝 Critical Biography」という分野があります。しかし、わが国の美術史、とくに文字史料の少ない仏像史には、銘文や書簡・日記などの文献資料を渉猟し、歴史的事実を無機質に記す学術論文は数多ありますが、美術史家が「評伝」という形式で著述することは稀です。もちろん本書は小説というエンタテインメントであり評伝ではありません。登場人物の背景が詳細に調べられてはいますが、あくまで筆者のイマジネーションの産物としての人物像を描いています。しかし、仏像彫刻の分野から、ようやくこうした労作が誕生したことをとても嬉しく思っています。
 かつて恐竜の化石を発掘する考古学や動物の解剖学、遺伝子工学などは地味な学問でしたが、それを見事なまでにエンタテインメント化して世界的に大成功したのがマイケル・クライトンの「ジュラシックパーク」であり、ユニヴァーサルスタジオが制作した同名の映画です。これは、アメリカという国の学術に対する大らかな自由度とそれをエンタテインメントにする能力、そして映像表現技術の圧倒的高さを示すものであり、アメリカ文化の勝利に間違いありません。
 一方わが国には、この小さな島国で、仏教伝来以来1500年におよぶ途切れることのない寺院と仏像の歴史があります。このことは、世界の宗教史上非常に希なことであり、しかも東アジアの歴史と連動しながら、まさに大河のごとく魅力的な物語を紡いでいます。これを文学作品や映像表現としてエンタテインメント化しないことは、日本文化の宝の持ち腐れといえるでしょう。本書は、丹念な時代考証と人物像の肉付けによって、とても読み応えのある歴史小説として成功しているのですから、ぜひとも本書を原作にした映像作品ができることを心待ちにしています。

おもな登場人物について
 本書では、康慶、運慶、快慶の3人の仏師を縦軸に物語が展開します。蛇足を承知で、彼らとその周辺の事跡を簡単に整理しておきましょう。1181年の南都焼亡後、奈良で大活躍した慶派たちですが、もとを質せば日本独自の仏像技法である寄せ木造を集大成し、宇治の平等院阿弥陀如来坐像を造った平安京の大仏師定朝(?−1057)を源流としています。そして彼の孫の頼助が興福寺を拠点に造仏や古仏の修復を始めたことが南都仏師の始まりです。
 定朝の血統を引く南都の棟梁は成朝で途絶えましたが、彼の工房の筆頭格であった康慶がその後の慶派仏師の祖となりました。興福寺を拠点に、天平時代以来の仏像を修復することで古仏の造形に習熟していた康慶らは、定朝の形式を踏襲しつつも、天平期や平安初期の仏像を思わせる彫りの深い造形や力強い衣文などで写実的な造仏を行いました。
 運慶は12世紀半ばに康慶の長男として生まれ、1224年に亡くなっています。彼のデビュー作である円成寺大日如来坐像は、康慶が彼に託した図面や木取りを用いながら、制作途中で体幹部材の底面を削って約4度後に倒すことによって、大きく胸を張った形状に造り変えました(註)。これによって、定朝以来の坐像の形状に変更が加えられ、それ以降の運慶とその周辺の坐像表現の基準となっていくのですが、この改変こそ、運慶が仏像彫刻に革命をもたらしたと言われる由縁です。
 当時、定朝から伝承されてきた設計プランを勝手に変更することは絶対的なタブーだったでしょう。しかし康慶がそれを許したということは、実子・運慶をいかに嘱望していたかをうかがわせる出来事です。25歳頃の運慶が制作したこの円成寺像から、最晩年の神奈川県称名寺光明院の大威徳明王像まで、作品の質を落とすことなく、一貫して若々しく骨太い造形を造り続けたという点で、運慶は傑出した彫刻家であったといえます。
 一方、快慶の生没年や出自については詳しく判っていませんが、運慶とほぼ同じ世代であったと思われます。康慶の嫡男として早くから将来を約束されていた運慶とちがい、快慶はその超絶的技巧のみで早くから工房内で頭角を顕しました。彼の理知的で女性的といってもいいほど繊細で緻密な造形は、男性的な造形を得意とする運慶と好対照をなしています。
 もっとも早い作例である1189年のボストン美術館弥勒菩薩立像(興福寺旧蔵)を始め、1192年の醍醐寺三宝院弥勒菩薩坐像、1201年の東大寺僧形八幡神像のような初期の作品は、人が造ったものとは思えないほど崇高な姿形をしています。彼には彩色や截金の専従の職人が常に付き随い、完璧な仕上げを行っていたようです。そして僧綱位を得るまで自らの作品に「仏師運慶」「巧匠安阿弥陀仏」と記したほど、早くから自他共に認める技倆を発揮したことが想像できます。
 彼は、東大寺復興の総勧進であった重源上人が各地に建立した寺院において、多くの造仏に携わり法橋の僧綱位を得ますが、運慶が得た法印には届きませんでした。慶派本流を歩み続けた運慶に対して、技倆的には勝っていると自負しながら傍流に甘んじた快慶に、忸怩たる思いがあったことは容易に想像がつきます。僧綱位を得るたびに銘記を変えながら、ほぼすべての作例に署名して強烈に自己を主張し続けたこともその表れでしょう。
 初期の三尺阿弥陀立像などでは全く破綻のない見事な造形を見せた快慶でしたが、浄土寺の阿弥陀三尊像のような巨像や憤怒相などの力強い造形は苦手としていたようで、細部の表現は緻密ながら全体の統一感にやや破綻が見られます。また1206年に重源上人が亡くなって以降の作例は、短期間に同一人物の作品とは思えないほど凡庸な造形に堕していきました。それは、彼が重源のために制作することを何よりの喜びとし、重源死後は造仏への熱意を失い、弟子たちに制作を委ねたからではないかと想像しています。
 さて、以上は私なりの美術史的蘊蓄の羅列ですが、本書では梓澤さんが豊かな想像力を駆使して、運慶の独り語りとして彼らの人間模様を展開させ、彼が人生の終わりに達した境地や、快慶との最後の場面など、まるでその場に居合わせたような現実感で描き出されています。
註)藤曲隆哉『円成寺大日如来坐像の造像工程の研究—康慶から運慶へー』2013

本書に描かれた女性たち
 本書では、運慶という稀代の大仏師を主人公としながら、彼を取り巻く阿古丸、延寿、狭霧、あやめという女性たちとの虚実と取り混ぜた関係が描かれます。仏師という男の世界に多くの女性を絡ませることによって、生身の運慶をより現実感をもって感じさせてくれます。
 阿古丸は、東大寺再建を誓った『運慶願経』(1183)に大施主として運慶と並んでその名が記載されていますので、実在の女性だったことは間違いありません。しかしその人物像は、経済的に大きな影響力を持ち、後に公家の水無瀬親信の妻となったこと以外は不明です。劇画家のさいとうたかお氏は、彼の作品のなかで彼女を運慶の妻としています。一方本書では、美術史家の山本勉氏らの推測を採用し、今様と女傀儡師一座の座長にしています。
 またその娘の延寿という美しいけれど放蕩な女芸人と、若き運慶とのつかの間の契りによって産まれた子どもを、長男・湛慶として描き、運慶は生涯彼女の幻影を追うことになりました。行方知れずとなっていた延寿が東大寺炎上のうちに死んだ際、運慶が、彼女が抱きしめていた大仏殿の柱を使って『運慶願経』の表具の軸木を削り出したとするなど、作者は彼女に対する運慶の思いの深さを巧みに描いています。また興福寺別当の隠し子として産まれ、父・康慶の差配によって運慶の正妻となった狭霧は、延寿の遺児・湛慶に対して複雑な思いを抱きながら、運慶との間に後の慶派を担っていく子どもたちを産んでいきます。
 そして悪女・悪妻として描かれがちな北条政子について、梓澤さんは都ぶりとはかけ離れた東国の洗練されない男勝りではあるけれど、野性的な魅力のある女性像に描いています。中世の男社会に生きた女性たちが、男たちに翻弄されながらも芯の強さを失わないすがたを、温かい眼差しで描いていることが、本書の大きな魅力になっているのです。

 さて、もしいつの日か本書をベースにした映像作品が生まれることになったら、私の研究室は、仏像制作からコンピュータグラフィックスまで、総力を挙げて技術的なサポートをしたいと思います。「われこそは!」と名乗りを挙げる映像プロデューサは、どこかにいませんか?


 

 


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